渡辺淳一も悪いことをした。

失楽園 上 (岩波文庫 赤 206-2)

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失楽園 下 (岩波文庫 赤 206-3)

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http://www.enterjam.com/tokuden.html

今回の「アメリカ映画特電」(第72回)は、『ダークナイト』のジョーカーの造形についての話だったけど、キリスト教文化圏にある〈ミルトン『失楽園』〉精神なるものを知ることができて良かった。
ヴァルキリープロファイル』を攻略する前にミルトン『失楽園』を読んどけば楽勝×2だったわけだwww

宇多丸の「少林少女」評。

ライムスター宇多丸の「マブ論 CLASSICS」 アイドルソング時評 2000~2008

ライムスター宇多丸の「マブ論 CLASSICS」 アイドルソング時評 2000~2008

 宇多丸の『少林少女』評を聞く(リンクはこちら)。
 以下はラジオの雑記。
●MCだけでなくリスナー泣かせの企画「シネマハスラー」。今回のリスナーの期待の地平は、「『少林少女』VS『カンフーくん』、どっちが地獄行きか?」
●『少林少女』に出ている人は誰も得をしていない。観る人もね!
●こんなマッドシネマを撮った本広克行が、未だに『踊る2』で興行収入日本一監督なのが許せない!
●ちなみに宇多丸は『踊る2』を『カンフーくん』鑑賞以前の評価で、「生涯ワーストワンの金字塔、輝け」としていた。
宇多丸の為に二度『少林少女』を観たリスナーは、もちろん『カンフーくん』派。「ウンコ味のカレー、カレー味のウンコ」どっち? に対する答えの意味で。
●さて、宇多丸の答えは…… 「貶すって決め付けてるでしょ? 切れ芸を期待していたら大間違いだ! 僕はあの映画のクライマックスで癒されたんです(スタッフ(笑))。僕は清い人間になったんです。 <宇宙がキラキラ> みたいなのを聞いていたら、心が清くなったので、がんばって褒めてみたいと思いますよ。ごめんな! 期待に答えなくて」 ……褒め殺しですか!
●「まず観客の皆さんがこの映画を見ていて、全部どうでもいいよ!ってことをずぅーと思うんですよ。どうゆうことかというと、登場人物のすべてが何の為に何をしたいのか最後までさっぱり解らないんですよ。これは、ある意味、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』にも通じる、現代の不条理性みたいなものを、新しいストーリー・テリング……というわけではないんですけど、『ゼア・ウィル』は明確に資本主義の不条理を描こうとするんですけど、『少林少女』は別に不条理を描こうとしているわけではないんですね、にも関わらずですよ、登場人物の行動が全然意味が解らないから、不条理が浮かび上がってしまうって、こっちのほうが上手じゃね?(スタッフ(笑)) 不条理映画としては、逆にすごくね、みたいな」
●「どんだけ不条理かというと、まず桜沢凛@柴咲コウ少林拳を広めてどうしたいのかまったく解らない。道場もすぐ再興してしまうし。モトネタの『少林サッカー』には、「人生の負け犬」というのが主人公たちに負わされていて、それを跳ね返す為に「少林拳」に賭けるという動機付けがあった。桜沢凛は少林拳を広めるためにラクロス部に入るんですけど、『少林サッカー』っぽくするだけなんですよ。それ以上の意味は無いんですよ。これも新しいですよね。『少林サッカー』って何年前の映画だ!ってのもあるし、それをやってるっぽく見せるのに意味があるかっていうのを考えると、そこ食いつきよくねえぜって思うのを、今あえてやってしまうのは、新しくね?(スタッフ(笑)) 」
●「新しくね」って何でも言えるじゃん、というスタッフのツッコミが!
●「伏線を回収するなんて古臭いことなんてしないんです。言いっぱなしなんです。あの件どうだったっけ、知らね? このやりっぱなしっていうのが、ハリウッド型の、伏線回収、よく出来た脚本ってのが古いって事だよね。いいんですよ、言いっぱなしで!理由なんてねぇんだよ。」
●岩井拳児江口洋介のキャラ設定、新しくね…… ポカーンですよ。
●「大場雄一郎@仲村トオルのキャラ設定がある意味早いんだ! 『カンフーくん』と結構かぶってるんだ。悪の教育者に、さらに『スター・ウォーズ』のフォースの設定も織り込まれていて。あれ、これ、『カンフーくん』早くも取り入れているよ。『カンフーくん』とかぶってる、スゲーみたいな。ある意味、最先端映画『カンフーくん』を。最低のご都合主義も同じようにかぶっている。逆にすごい。カードがそろった感じ」
●「『少林少女』が語り口としてどういう問題があるのか…… ちがう、ちがう、どういうところが新しいかと言えば、すべての台詞、すべてのシーンが記号的表現…… 記号的表現を並べていれば、観客が解ってくれるだろう。という、性根の腐ったきった考え方で出来てるんです。要は、それらしい台詞を、それらしいテンションで、それらしい音楽と一緒に出すと、観客はそれらしい場面として、受け取ってくれるだろう…… 例えば、ポジティブっぽい事、それ自体には意味が無いんですけど、ポジティブっぽいことを言って、ポジティブっぽい音楽流して、ポジティブっぽいテンションでみんな(役者)がそうだよねって顔でウケければ、その場面はなんかポジティブっぽいことが起きている場面だっていうことを、観客が受け取るっていうことを、作り手が勝手にやっているわけです。腐りきった、この性根!…… 新しい〜 (スタッフ(笑))」
●「こんな腐っているの、作り手として新しい! 最先端ですよね!」
●「クライマックスは記号だけ。思いつきのまま「癒し」の記号が放り出される。それで悪が癒されちゃうんですよ!」
●「腐りきった性根の表現が極に達するのが、クライマックス。よく出来た構造ですよ! クライマックスに行くにつれて、腐っていくんですよ!」
●「クライマックスの腐りっぷりは、こんな腐臭を放つ、もう反吐が出そうな…… 吐が出ましたね、正直。これないですから。映画史を更新しましたよ。素晴らしい、最高ですね! 」
●『カンフーくん』がまだまともなのは、悪が逮捕されるところ! 仲村トオルがお咎めなしなのは、9/11的な殺伐さを表現しているんでしょうかね?
●『少林少女』が罪深いのは、金が掛かっていて、宣伝バリバリで、間違って足を運ぶお客さんを作る事! パッと見しょぼくないから、間違って観てしまって、「おい、こんな、実験映画なんて聞いてないよ」「これ、記号的なポストモダン映画」と驚愕してしまう。見た感じでウンコだと解る『カンフーくん』よりウンコ味のカレーの『少林少女』のほうが、悪の総量では勝っている。この映画の公開は、文化的レイプです。
●「現代日本映画の問題点を集約。素晴らしい映画なんですけど…… おススメしません! 悪のスパイラルを断ち切りたい!」
●来週の映画は、「ミスト」。絶望するなら、こっちで!

「王様は裸だ!」と生涯を背負って言い続けるのは難しい。

最近『コラムの花道』の町山智浩の回を聴いたりしているのだけれと(ブッシュの半生の集大成映画『W』をネタにした回は彼のトークが最も冴えた回だった)、最近更新された回で「こんな絵、ウチの子だって描けるぞ(my kid could paint that)」をネタに、モダンアートについて色々と語っていた。


「こんな絵、ウチの子だって描けるぞ」は4歳の娘(マーラちゃん)が描いた「ドリッピング」アートがNYのアート市場でウン千万円で売れた経緯と実像に迫ったドキュメンタリー。
あれよあれよとマスコミに持ち上げられたマーラちゃんの絵が、パパの指示を聞いて描いてる様がテレビで公開されるとすぐに価値が崩落してしまい、家族間の関係もギクシャクしていく様が収められているという。
映画の後日談がすでに出ていて、ブームの仕掛け人と、バブル崩壊の仕掛け人が同一人物だったのには驚愕。
その人は市場価値的に不遇を受けているハイパーリアリズムの画家で、コンセプチュアルアートブームに水をぶっ掛けるつもりで仕掛けたという。


さらに話は発展して、モダンアートのバイヤーとコンセプチュアルアートという「高値で売れる有望株」にしがみ付くアート業界&アーティスト(村上隆)に苦言。
<みんな「裸の王様」の世界の住人なんですよ>


そんな話を聞いていて、私は資本主義に生きるわれわれがいつの間にか陥るパースペクティブ(見通し)信仰について考えざるを得ない。
マーケットを賑わす画家になりたかった夢を見たくて、娘に「ドリッピング」をさせて、代わりにアーティストに仕立てる父親。
更なる市場価値を生む事をアートに期待するバイヤーたち。
投資家の要望を満たすために、話題と商品=アートを提供するアート業界。
利益を生み出すアートシーンをわかったふりをする、大衆。
彼らはパースペクティブに群がり、再生産する。
後にのこる「もの」=アート=群集は、ジャンクに成り果てるしかない。
不毛の闘争の陣営から逃れるには、あらゆるパースペクティブから身を引き剥がす事である。
それは、様々なパースペクティブとの衝突を生み、同時に「もの」と絶え間なく対面することになる。
そこで初めて、人は「もの」を生み出す事をはじめる。


町山さんが成金のアート業界人に「ゴッホの呪いで耳がなくなっちまえ!」と言っていたけど、私は体が朽ちるまで作品に接したいと思うのだった。

嘘も方便は日常茶飯事。嘘から出る誠もあるのだから、もっと「自由」に嘘つきましょう! インプット・アウトプットするときは、そこんところココロがけて〜!

ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル ゲストに細田守


●話題に出ていた、細田守監督作品以外のアニメ。

銀河鉄道の夜』(杉井ギサブロー)
アニメ的表現に逆らった「映画」作品、とのこと。まだ通して、ちゃんと観てないんだよなぁ。


ユンカース・カム・ヒア』(佐藤順一)


そういえば、「空の境界」劇場版 第二章は『ユンカース』もそうだけど、『パト2』とか「降雪」の都市を舞台にした劇場アニメの記憶を刺激する。
「タナベさん」って田辺修だっけ?


『白雪姫』ほかロトスコープ手法のアニメ


ロトスコープでは出せない、真実味(「驚き・喜び」という感触)もあるという話(逆も然り)。




細田守の話を聞いていて、アニメを観て得るプリミティブな喜びは、確かに「なんか画なんだけどそのキャラクターは<生きてる>、と思える瞬間」との出会いなんだよなぁ。
実写にもあるんだけど、純粋にその喜びを追求できるメディアはアニメなんだなぁ、と改めて痛感した。


別記
やべぇ、『デジモン』映画と『ワンピース』映画まだ観てねぇ!

俺も映画秘宝的グランドクロスなんですけど。


ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』 2008年3月8日

雑感。


映画評論家よ、ソムリエを見習え。
どういうことかというと、映画は生ものであり、よく調べた上で発言しないと、トンデモないものを傑作と言ってしまうし、映画の魅力を最大限に引き出すことは出来ない。
あとソムリエは店を演出するわけだから、映画評論家はフィクションに関しては敏感にならなければならないし、フィクションを演じる必要がある。

雑魚寝妄想。


宇多丸のウィークエンド・シャッフル、3月1日分を聞く。
80年代末の早稲田大学スーフリよりぶっちゃけなサークルがあったとは……
宇多丸、新サークル提案。
日曜の朝に、ファミレスでブレックファーストする為だけに集まるサークル(アフターがチャンスだ!)(笑)……
宇多丸、そんな妄想ばっか考えていたら、結婚まで遠いな〜

FAKIN' POP

FAKIN' POP

平井堅の新曲がかかっていた。
Aメロが凄くイカレテイル。
最近の平井堅ソングの基地外ぶりはマッキーがリバイバルブームしてるからかしら?
EXILEの無感と共に怒りがこみ上げる曲より断然いいけどさぁ。