強さ判断はどうやって?

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68年革命的ボンクラ道

ライムスター宇多丸の「マブ論 CLASSICS」 アイドルソング時評 2000~2008

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倉本 倉田の蔵出し

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言葉で世界を創作すること生業とし、極度のDJ(ディスク・ジャンキー)であり、今だ独身という点では共通している、宇多丸倉田英之だった(年もそれほど離れていない)。

 「『エヴァ』の同人誌はなぜ「ヌけ」ないのか」問題。

いや〜、大学の(先輩たちの)卒業祝賀会でこんなことを皆の前で同意させられるとは思わなかったよ(笑)


この話題が出た経緯を再構成してみますと、


「今週の(このエントリーでは先週にあたる)、『トップをねらえ! 合体劇場版』観たんだけど」


と、親しい先輩に聞かれたことから始まり、


私「『合体劇場版』は結局観なかったんですけど、以前に両作品は観てますんで」
先「(無印)『トップ』の下手さ加減はあんまりというか……」
私「確かに、ラブコメのところは許容の範囲を超えた酷さがありますね!」
先「それもそうなんだけど…… 改めて思ったのが、貞本義行の絵は「線」に魅力や力があるけど、記号的な「エロ」…… 「ヌく」ための「エロ」が不足しているなぁ、と。たとえば『トップ』の風呂で女性キャラがヌードになったり、終盤でヒロインが文字通り「トップレス」になるけど「エロ」くないよね」
私「う〜ん、そうですね」
先「今時の「萌え」を取り込んだ、『トップ2』もそうなんだけど、ノノ・リリがコスプレしようと下着オープンなファッションになっていようと、「エロ」の文脈から貞本キャラはどんどん脱線していく」
私「貞本キャラを使っているアニメの作り手も意識的に「エロ萌え」させないようにしているようですけど。本質的に、貞本さんの絵は「エロ」くないんですね」
先「ラディカルにいうとそうなってしまうのだけど…… (別の同期生に向かって)だから『エヴァ』の同人誌は「ヌけ」ないんじゃないかなぁ」
私「そうですねぇ……」


同席していた皆の衆「(笑)」


と、酒の席で出た、非常に飛躍に跳んだ恥ずかしい話の流れです(笑) (わかり易く加筆している部分もありますが)


後日、このエントリーで「『エヴァ』の同人誌はなぜ「ヌけ」ないのか」について考えてみたのですが(笑)、

1.貞本キャラは本質的に「ヌく」ための「エロ」が欠けている。
2.『エヴァ』同人誌の作者の大半が、「ヌけ」ない漫画(絵・ストーリ)を描いている。
3.『エヴァ』の作品世界を、同人作者が昇華(「ヌく」ように作品世界を換骨奪胎するなど)仕切れていない。または困難である。
4.読者と同人作者が思う、『エヴァ』の「エロ」が一致しない。読者の中にある『エヴァ』が、同人作者の『エヴァ』を拒絶するため。


とりわけ、4.が大きな原因になっているように思われます。


ところで、アニメ(ここ重要!)『エヴァ』が「エロ」くない(貞本氏の絵の特性を差し引いても)、なんてことはありません。


暴走エヴァを描かせたら天下一品のアニメーター:本田雄さんの、アスカ初登場時の、ひらりと舞うワンピースとボディーラインとか、平松禎史の肉感的なミサトさんであったり、摩砂雪さんがカオル君の眼鼻カタチを素晴らしく仕上げてしまったことは忘れられません。


ただ、人によっては、リツコさんの高校時代の写真に「エロ」を見出したりするわけですから(うん、よくわかる(笑))、『エヴァ』の「エロ」は観る人によって差が出てきてしまいます。


さらに、当たり前ですが、『エヴァ』は「エロス」を作品に取り込んでいるとはいえ、「ヌく」ための「エロ」を主軸に置いた作品ではないのです。劇中で、シンジ君と共に視聴者もそのことについて裁かれてしまいますしね。


ですから、読者・同人作者は『エヴァ』のキャラに対する欲情は持っているのですが、『エヴァ』という作品自体を知っているがゆえに、自己の中に倫理というATフィールドを作ってしまい、『エヴァ』の同人誌で「ヌけ」なくなる事態をうむのです。


が、しかし、例外があります。


エヴァ』の作品自体を知らずに(徹底的に忘却して)、パーツ(スタイル・性格)としてとらえ「動物的」に萌えること、「脱構築」してしまうことを、読者・同人作者が行う時です。
(おそらく、読み手も書き手も気兼ねなく楽しめる題材は「格闘ゲーム」のキャラではないか)


エヴァ』に限らず、他のアニメ・漫画・ゲーム作品、はてはエロゲーでも起こり得ることで、徹底的な「脱構築」が読者・同人作者の間で出来ていないと、「ヌけ」ない事態に直面するというか、オ●ニーは自己のチューニングで面倒見てくださいと言うしかない(爆)


別記
「『エヴァ』の同人誌はなぜ「ヌけ」ないのか」問題が2次元業界で常に孕み続けるために、「エロ漫画」というフィールドの需要があるし、エロ漫画家たちの「テクニック」が同人の世界で重宝されるのだった(笑)

ファミ通の良心?

マリオ&ソニック AT 北京オリンピック - Wii

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「ボーズの○○タイム」『俺たちと生命と世界新記録』を観る。
ときめきハイスクールズのダンスが、デヴィット・リンチ的なファンシー。
ゲーム的リアリズムな番組構成は楽じゃない新記録。
任天堂ソニック(セガ)をウザいと思っていることがよくわかるとしか思えないぐらい、ヒドイ番組である(笑)。

ACな「女の子」とそれを崇拝する中二坊と高二坊たちのネガティブハッピーなオモイデ病についての一考。そんな些細でエグイトラウマをさらりと適当に雑記にしてみる、ギリギリの大三坊。

成馬零一さんが『はて☆なりま』で、ガルシアの首 改めDJ ANIKIとのポッドキャスト対談を2月9日〜13日の日記でテキストとしてUPしていた。
中・高を00年代前半に通過した私にとって、五分で坂本真綾を纏められるとは思えない(笑)。まぁ、いいけど〜
殺伐として失われた時代とも称される90年代。そんな中で世に現れたポスト・アイドルをサブカル・オタクな趣味を持つ昭和終期に生れ落ちた私たちは、どうしようもなく憎み愛でるサド根性と、そんな女性に「気持ち悪い」と潜在的に言われたいマゾ根性を今でも持ち続けなければならない宿命を業として背負っていることを再認識(笑)。

さて、90年代のACな「女の子」の特徴(「男の子」の願望)について、成馬さんの90年代「青春」論を掻い摘みつつ纏めてみる。


○視覚印象
 黒髪で色白。ゴシックではなくエスニック系。童顔。


○思想=ライフスタイル
 どこにでも行ける音楽(=私もとい"僕") by 新居昭乃
 アメリカでなくヨーロッパで自然体(笑)
 生まれた場所を大事にする、ロハスなオリエンタル・ガールでいたい。

○雰囲気(裏設定)
 こんな中学・高校のクラスメイトと地元にいる自分がやだでやだで、出てきたんだよ。(でも、私のどろどろした部分を受け止めてくれたプロデューサーと周りの人々に、ファンに有難う。というのが通例、そしてファンをずるずる引き込む。)
 自然体でいるために、理系の嗜好性(エコロジーとかね)をもつ。
 セックスじゃなくて、何人もの男を殺してきた経験がある感じ。
 男子20人・女子20人のクラスで4から8番目ぐらいの「女の子」。


こういうACな「女の子」が世に出た(「男の子」が其れを欲した)背景は、男女雇用機会均等法とか、冷戦の終焉・紛争・不景気・テロ・災害が昭和と平成との間で一気に押し寄せたことに関係があるのでしょうけど。
昭和と平成の間の揺らぎはかなり重要で、ACな「女の子」は「"喪失と癒し"の物語」が用意されているけど、つんく♂プロデュースに代表されるロリなアイドルたちはそれが欠けている。つんく♂さんは平成生まれを意識したプロデュースを早期に始めていたことに関わると思うのだが。

いや〜、さらりと纏まらないものですね(苦笑)


 

「旅人」と「暴力の都」〜スト2劇場版やMOTHER2とか

ラブリィ! Cute & Sweet J-Ballads

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土肥ポン太の昔のコント見てたら、入場曲で使われていた。
「斉藤さん」は見ていない。
ストリートファイターII【劇場版】 [DVD]

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MOTHER 1+2

MOTHER 1+2

1994年に劇場公開された『ストリートファイターII MOVIE』は杉井ギサブローが「見終わった後にスト2がやりたくなるような」映画を目指して監督したアニメ映画。
この映画が公開されたときは、個性的なキャラクターが「強い奴に会いに行く」の文句を抱き、世界各地を放浪してバトルする「格闘ゲーム」がブームで、「餓狼伝説」のアニメ映画も裏でやっていた。
作りは良くも悪くも「地味」。ある意味で『スト2』をやりたくなるのだが、それでも「バトル」のシチュエーションの見せ方、「放浪」している「ムード」の演出は巧いと思う。
『MOTHER2』はシステム・シナリオ・音楽が贅沢になった『MOTHER』だが、町から町という共同体に向かう放浪が明確になったり、手に汗握るバトルシステム(終盤に意図的に?崩壊する)にアレンジされた。
放浪とバトルいえば、同年に『機動武闘伝Gガンダム』『マクロス7』がテレビ放映され、ゲームでは上記の『MOTHER2』と『FF6』が発売され、『幽々白書』が「魔界編」で「始まり」の「終焉」を、漫画・アニメで描いたときである。
上記の作品は放浪・バトル中は荒唐無稽な展開で見るものを楽しませるのだけど、バックボーンである相手がもつカルト集団的「破滅に導く憎悪」を強く感じる。
訪れた都市が突如として戦場に変わり、どれほど放浪しても「破滅に導く憎悪」が待ち構えている…1994年以降、アニメ・ゲーム・漫画では「放浪」は影を潜め(「家出」という形で残ることになるが)、「破滅に導く憎悪」の成就を願う共同体に放り込まれる個人を主題とした作品が増えていく。
音楽に関してもいえることで、小室哲哉を筆頭にした「プロデューサー・ブーム」は、音楽の「旅人」が音楽界を「暴力の都」に変えることだった。