一気に観てみよう。ゼーガペイン編

ゼーガペイン FILE.09 [DVD]

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「ゼーガペイン」オリジナルサウンドトラック

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正月休みを利用して、レンタルで一気にエンタングル(爆)
アニメ感想ブログで大方の情報は頭に入っており、廣田恵介さんのブログでTSUTAYAにおけるアクエリオン>>>>ゼーガの現実を知っていながら、観てみぬふりが続いていたんですね。

なぜリアルタイムで観てなかったんでしょう、うむ〜「消されるな、この想い 忘れるな、我が痛み」(笑)
一巻三話入りはお金が二巻分余計に掛かりますが、一時間で一巻分消費できる異様な爽快感がある。


本編について

一見(予告イラストが特に)地味ですが、ガンダムseed及び種死、何よりポスト・エヴァの大半の作品と比べてヒップ・ホップ・スピリッツがあります。
庵野秀明の格言、アニメは引き算の美学、というものがありますが、ゼーガは厳しい製作環境にも関わらず余計な飾り気なしにゼロ年代(宇野常寛)やゲーム的リアリズム(東浩紀)のテーマを絶妙に配置していましたね。
「萌え」と「エロス」と「アヴァンギャルド」をこれでもか、これでもかと言わんばかりに濃縮・シャッフルするシャフトの製作スタイルとは趣向が違い、元ネタ(作品の固有名詞)が作品と呼応するセレクション(同じサンライズが作った『Z.O.E』という「おじ様」アニメもそんな感じだった)がゼーガの魅力。

成馬01さんは、はてなのブログ『はて☆なりま』で『木更津キャツアイ』及びクドカンの魅力を「俗の力」と仰っていましたが、ゼーガはポスト・エヴァの大半が失敗した理由である「俗の力」の欠如を、ソゴル・キョウのキャラで解決していましたね。しかし、流行に乗れなかったのは、「バトル・ロワイアル」の要素を意識的に回避した堅実な作り方にあるのでしょうか。


『ゼーガ』と『マトリックス』の相違点

『ゼーガ』が『マトリックス』と異なるのは、目覚めても身体が無いし、アンダーグラウンドがないことですね。あと、『マトリックス』のネオ達は、マトリックスを屈服させて、新たな世界を獲得することが目標でした(結局、ネオは機械の頭に受肉して2つの世界を停戦に導く)。
『ゼーガ』は新たな世界という以前に、人類の身体蘇生が第一目標です。ガルズオルムは『マトリックス』の機械以上に性急で、人類の幻体データや地球上の生命活動環境を駆逐していきます(弄んでいるところがありますが、マトリックスのごとく人間を再生産するつもりがありません)。
マトリックス』の戦いは(意図的に)馴れ合いですが、『ゼーガ』は本気で存亡をかけたいい意味でアニメ的ガチンコです。
宗教・思想にタンカを切り、此岸にとどまる痛みを選択するソゴル・キョウは、宗教的要素で彩られた『マトリックス』の世界とは別の地平にいますね。

追記 本編を見ているとき、エルドランシリーズを思い出さずにはいられなかった。