これからの河森正治(暫定)。

予めのお詫び:『アルジュナ』の項は相当時間が掛かりそうなので、地道にやっておきます。

地球少女アルジュナ』以降の河森さんは、「父」的なポジションのキャラクターを「思念体」として具体的に描くようになりました。
マクロスゼロ』では「鳥の人」(サラの父の声@中田譲治と同じ)、『創聖のアクエリオン』は「不動GEN」ですね。
と、同時に『アルジュナ』『地球防衛家族』で具現化した「母」を描くことを止めてしまいました。
おそらく、『アルジュナ』の最終回で、樹奈は日本の「大地」に還ったかのような結末で締めくくられたのと関係すると思います。
また、『アルジュナ』の後の『マクロスゼロ』、『アクエリオン』は「男の子」の復活に労と快を尽くす作品となりました。
そして、『マクロスゼロ』は空(宇宙)、『アクエリオン』は大地(地球)に「男の子」を還すことになります。
河森自身のノスタルジーの総決算ともいえる『上海大竜』を含め、「男の子」を描くことに集中した理由は現時点では答えが出せないのが正直なところです。
しかし、宮崎駿が『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』で、「女の子」を主人公に「ヒーロー」を救う物語を、80年代の映画よりも明確に作るようになったことと大いに関わっているのではないかと睨んでおります。
しかも上記三作では、勢力みなぎる肉体で達観した位置にいて、主人公に助言する「母」がいます。

河森さん自身の「男の子」の問題は、『アクエリオン』でとりあえず「第三者」の空気を読むリテラシーある「男の子」を描いたこと、『上海大竜』で「落書き」で上海を救う「男の子」を描くことでひと段落がついたと思います。

新作『マクロスF』は早乙女アルトが「姫」と呼ばれたり、シェリル・ノームランカ・リーが「萌え」で「肉体的」だったりと、謎の宇宙怪獣を含め、今回は「父」の影は潜め、「女の子」と「母」と対置するのではないでしょうか。


おまけ。(『プロジェクトΩ』)

あっ、「ドーモの稼ぐビル」だ(笑)

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